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1場所15日間制下で小結が3人以上になった場所を調べてみました。三役
全体での増減は考慮していません。単純に3,4人になった場所を抜き出し
ただけです。
相撲MLでの投稿記事によれば,昭和43年に「出来るだけ張出を作らないよ
うにする」方針が示されたとのことです。小結だけを見れば,その後の昭和
の時代は増員の頻度は下がっていますが,横綱・大関が極端に少なくなった
平成4年頃と,個性派が多数上位を賑わしていた平成8年から2,3年は関
脇・小結のいずれかが3人以上という状態が多く見られました。
昭和52〜56年の間の約4年半,昭和57〜平成3年の間の約10年,平成12年
5月以降の6年半,小結増員が全く無い時期があります。現在は特に明示さ
れることもないまま関脇・小結の増員が極端に抑えられる傾向が続いていま
すが,来場所は久々に小結2枚目が見られそうです。まさか関脇増員は無い
と思いますが…。
■小結増員場所(括弧内は人数)
平成12年5月(3),
平成11年1月(3),3月(4),11月(3),
平成10年11月(3),
平成9年7月(3),9月(3),
平成8年7月(3),9月(3),
平成7年9月(3),
平成6年7月(3),
平成5年3月(3),
平成4年3月(3),5月(4),7月(4),9月(3),11月(3),
平成3年9月(3),11月(3),
昭和56年9月(4),11月(3),
昭和52年1月(3),
昭和51年1月(3),5月(3),
昭和49年1月(3),9月(4),11月(4),
昭和47年1月(3),5月(3),9月(3),
昭和43年7月(3),9月(3),
昭和42年1月(3),7月(4),
昭和40年11月(3),
昭和37年1月(4),3月(3),5月(4),
昭和36年3月(4),5月(3),7月(3),9月(4),11月(4),
昭和35年1月(3),3月(3),9月(4),11月(3),
昭和34年1月(3),3月(3),7月(3),11月(3),
昭和33年1月(3),3月(3),11月(3),
昭和32年1月(3),3月(3),5月(3),
昭和31年3月(3),5月(3),
昭和29年1月(3),9月(3),
昭和28年1月(3),
昭和27年1月(3),
昭和26年9月(3),
昭和25年1月(3)
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